モノフィンを履いて、はじめて水中でひと蹴りしたとき。だいたい、みんな同じ顔をします。
「えっ、進む!」
そして、必ずこう聞かれるんです。「これ、競泳のドルフィンキックにも効きますか?」
いい質問だと思います! 競泳をやっている人にとって、水中ドルフィンキックは大事な泳ぎですよね。スタートとターンのたびに、15mの水中世界が待っている。そこが速い選手は、それだけで強い。
で、答えです。上達します。ただし、フィンから体に移るものと、絶対に移らないものがハッキリ分かれます。ここを知らずに履きっぱなしにすると、けっこうな遠回りになる。今回はそれを、研究データで一つずつ分けていきます!
まず結論から。上達します、ただし「移るもの」と「移らないもの」がある
先に今日の全体図。
移るもの1:アップキック(蹴り上げ)の感覚
移るもの2:足首の角度、つまり底屈の可動域
移らないもの:テンポ(キックの頻度)
この3つ目が曲者なんです。しかも、いちばん見落とされる。理由は後半でデータごと出します。まずは「そもそもなぜ潜ると速いのか」から、順番にいきましょう!
そもそも人間は、潜った方が速い
これ、感覚では知っていても、数字で見ると想像より差が大きいです。
国際レベルのモノフィンスイマー12名を対象に、水中と水面の全力泳を比べた研究(Nicolas & Bideau, 2009)があります。結果は、水中2.50m/s に対して水面2.36m/s。同じ選手が、同じモノフィンで、同じ全力で泳いでいるのに、水面に出た瞬間に遅くなる。
なぜか?
それは、水面は「波を作ってしまう場所」だからです。
同じ研究で、抗力(抵抗の大きさ)は水面のほうが約7%大きく(78.9N→84.7N)、抗力係数(抵抗の受け方)にいたっては0.47から0.69へ、ほぼ1.5倍に跳ね上がっていました。効率も0.79から0.74へ落ちています。つまり、頑張って泳げば泳ぐほど、自分の作った波に、自分でブレーキをかけられているようなものなんですよね。
現場の感覚とも、これはよく合います。
一昔前のスプリンターのトレンドな泳ぎでいうと、フィンスイミングのサーフィス(水面を泳ぐ種目)では、選手は失格にならないギリギリのところへ、できるだけ体を沈めて、水面を切り裂かないように泳ぎます。そう考えると、サーフィスは「水面種目」でありながら、みんなが必死に水面から逃げようとしている種目なんです。おもしろいでしょう?
つまり、水中ドルフィンキックが速いのは選手の努力の結果というより、そもそも水中という場所が速いから。だとすると、この先の歴史も納得できます。
競泳は「潜りすぎ」を、70年かけて禁止してきた
競泳の15mルール。あれ、最初からあったものではありません。「潜った方が速い」ことが証明されるたびに、後から線が引かれてきた歴史なんです。
始まりは1956年のメルボルン五輪、200m平泳ぎ。日本の古川勝が、レースのほとんどを潜水したまま泳いで金メダルを獲りました。速い。速すぎた。その後、潜水距離を制限するルールが導入されます。
次が有名な1988年のソウル五輪、男子100m背泳ぎ決勝。
この決勝、8人中5人が20m以上を潜ったままバサロキックで進んでいます。アメリカのデビッド・バーコフにいたっては、スタートから30mを超えて浮上してこない。「バーコフ・ブラストオフ」と呼ばれた伝説の泳ぎです。ちなみにこのレースを制したのは、日本の鈴木大地でした。
結果どうなったか?
1991年、背泳ぎに潜水制限が入ります。のちに各泳法へ広がって、いま私たちが見ている15mのラインになりました。あの15mの黄色い旗は、「潜られると競技が成立しないほど速い」ことの証明書みたいなものなんですよね。
だから競泳選手にとって、15mは「上限」であって「目標」じゃない。その15mを最大出力で使い切るための道具として、フィンはかなり理にかなっています。
フィンが速いのは「面積が大きいから」だけじゃない
ここ、いちばん誤解されているところだと思います。フィンをつけるとより速く進むのは、単に水を押す面積が増えるから。……半分は正解ですが、半分は違います。
速度を上げながらドルフィンキック中の筋活動を計測した研究では、8つの筋肉のうちもっとも活動が増えたのは大殿筋、つまりお尻の筋肉で、増加率は約124%でした。ふくらはぎ(36%)や前脛骨筋(34%)を大きく引き離しています。
キックという名前がついているせいで、みんな脚の運動だと思ってしまう。でも実態は股関節と体幹の運動です。ここが苦手なスイマーも多いですよね…。
フィンをつけるとこれが一発でバレます。膝でパタパタ蹴っている人は、フィンを履いた瞬間、驚くほど進まなくなる。ブレード(板・面の部分)が大きいぶん、間違った動きの抵抗も大きくなるからです。
もうひとつ、この研究には面白い数字があります。速度を上げていくと、キック頻度は1.46Hzから2.11Hzへ増えるのに、キック振幅は0.60mから0.54mへ小さくなっていました。膝の屈曲速度は333°/sから498°/sへ跳ね上がる。
大きく蹴るほど速い、ではないんです。コンパクトに、速く。これはフィンをつけていても同じで、ブレードを振り回して大きくうねらせている人ほど、じつは進んでいません。
移るもの その1:アップキック
さて、移るものの話です。1つ目は蹴り上げ、アップキック。
素の足でドルフィンキックを打つと、ほとんどの人が「蹴り下ろし」に意識の9割を持っていかれます。踏むほうは力が入りやすいし、水も掴みやすいですからね。でも研究では、効率の良いスイマーほど蹴り上げの局面で推進を得ていること、そして蹴り上げにかかる時間を短くできる選手が速いことが示されています。つま先の上向き速度は、速い選手で3〜4m/s台に達します。
ここでフィンの出番。モノフィンは上に振っても下に振っても水を後ろへ送る道具です。だから、蹴り上げをサボると、体がその場でお辞儀するみたいに前後に揺れるだけで進まない。「あ、いま足の裏に水を引っかけられてる」と分かるんですよ。
半分眠っていた感覚を、道具が強制的に起こしてくれる。これがフィン練習のいちばん大きな贈り物だと思っています。そしてこの感覚は、フィンを脱いでも残ります。
移るもの その2:足首の角度
2つ目は足首です。これも研究がハッキリしています。
よく訓練された10名のスイマーの足首の底屈可動域(つま先を伸ばす角度)を、テーピングなどで人工的に変えて水中ドルフィンキックの速度を測った実験があります。結果はこうでした。
可動域を制限(57.5°)→ 速度 1.13m/s
通常(64.2°)→ 速度 1.20m/s
可動域を増やした状態(68.6°)→ 速度 1.22m/s
可動域をたった10%削っただけで、速度がはっきり落ちています。1キックあたりの進む距離も0.72mから0.69mへ短くなりました。速度と最大底屈角の相関はr=0.538。足首は、水中ドルフィンキックの核です。
フィンは、この足首に底屈方向(足首を伸ばす方向)の負荷をかけ続けます。しかも水の中なので、無理な角度で固定されるわけでもない。ただし研究の著者は「もともと可動域が低い、あるいは平均的な選手ほど効果がある」と書いていて、柔らかくすれば無限に速くなるわけではないという但し書きもついています。そういう意味では、足首が硬い自覚のある人ほどフィンの恩恵は大きい、と言えます!
移らないもの それはテンポです
はい、ここが今日の本題です。
魚の遊泳研究から分かっているのは、速度を上げるときは振幅をほぼ一定に保ったまま、頻度を上げるということ。人間のうねり泳でも同じ法則が確認されていて、泳速はストローハル数と逆相関する、という報告があります(Gavilán・Arellano ほか)。
では実測値を並べてみましょう。
・競泳の国際エリートの水中ドルフィンキック:2.11〜2.37Hz(地域レベルは1.92〜1.96Hz)
・国際レベルのモノフィンスイマー:2.08〜2.15Hz
気づきましたか。モノフィンを履いた国際級の選手のほうが、キックのテンポは低いんです。それでいて速度は2.5m/s。素の体で泳ぐエリート競泳選手の水中ドルフィンキックが実験室計測でおよそ1.8m/s前後、一般レベルだと1.0〜1.2m/sですから、桁違いに速い。
理由はシンプルで、ブレードが1回の蹴りで稼ぐ量が大きいから、低いテンポでも成立してしまうのです。逆に言えば、素の足に戻った瞬間、その低いテンポでは水を掴む量がまったく足りません。
ここから先は私たちの解釈だと断っておきますが、フィン練習で「気持ちよく進んだ」ときのリズムをそのまま素の泳ぎに持ち込むと、テンポが足りないまま大きく蹴る泳ぎになりやすい。実際、フィンやパドルといった用具は上下肢の動き・ストローク効率・コーディネーションまで泳ぎの構造そのものを変えてしまうことが研究で示されています。履いている間の泳ぎは、素の泳ぎとは別物だという前提を、持っておいたほうがいい。
じゃあ、どう使えばいいのか
ここまでを踏まえると、使い方はかなりシンプルになります。
・その日の目的を1つに決める。アップキックの日なのか、足首の日なのか、単純に脚の持久力を作る日なのか。全部やろうとすると全部ぼやけます
・フィンあり → なし を同じセットの中で往復する。感覚が新しいうちに素足のキックへつなげる。1日後では遅い!
・テンポは必ず「なし」側で作る。フィンで作ったリズムは信用しない
・膝ではなく、お尻とみぞおちから動かす。大殿筋が主役でしたよね
・履きっぱなしにしない。楽しいので、これがいちばん難しい!
要するに、フィンは「速く泳ぐための道具」というより「正しい動きしか許してくれない先生」として使うのがいちばん効きます。速さはご褒美として勝手についてきます!
15mの壁が、はじめから無い世界の話
最後に、私たちの側の話を少しだけ。
ここまで見てきたとおり、競泳の15mルールは「潜った方が速すぎた」から引かれた線です。では、その線が最初から無い競技があったらどうなるか?それがフィンスイミングです!
アプニアは50mを息を止めたまま、全部水中で泳ぎきる種目。競泳が「ここまで」と線を引いたいちばん速い区間だけで、まるごと1つの競技になっている。そう考えると、フィンスイミングって相当ぜいたくなスポーツですよね!
だからこそ、競泳で水中ドルフィンキックを磨いてきた人がフィンスイミングに来ると、こちらが驚くくらい早くハマります。うねりの土台が、もう出来上がっているので。
競技としてのフィンスイミングの全体像はフィンスイミングとは?速さ・種目・始め方にまとめてあります。道具そのものが気になった人はモノフィンとは?を、競泳とどう違うのかを知りたい人はフィンスイミングと競泳の違いをどうぞ。
そして、いちばん手っ取り早いのは履いてみることです。あのひと蹴りの「えっ、進む!」は、何度読んでも味わえませんから。東京で一緒に泳ぎたい人は、AQUA FinDの体験練習でお待ちしています!
参考にした資料
Nicolas G, Bideau B. A kinematic and dynamic comparison of surface and underwater displacement in high level monofin swimming. Human Movement Science, 2009.
Kinematic Analysis of the Underwater Undulatory Swimming Cycle: A Systematic and Synthetic Review. Int J Environ Res Public Health, 2022.
Changes in Kinematics and Muscle Activity With Increasing Velocity During Underwater Undulatory Swimming. Frontiers in Sports and Active Living, 2022.
Kuhn M, Legerlotz K. Ankle joint flexibility affects undulatory underwater swimming speed. Frontiers in Sports and Active Living, 2022.
Effects of paddles and fins on front crawl kinematics, arm stroke efficiency, coordination, and estimated energy cost. Frontiers in Physiology, 2023.
Gavilán A, Arellano R, Sanders R. Underwater undulatory swimming: study of frequency, amplitude and phase characteristics of the body wave. Biomechanics and Medicine in Swimming.
Swimming World Magazine, How the Underwater Dolphin Kick Evolved Over Time and Revolutionized the Sport.
※ 本記事の速度・角度などの数値は、いずれも各研究の実験室条件下での計測値です。研究ごとに被験者のレベル・計測方法が異なるため、数値どうしの単純比較には幅があります。確認日: 2026年7月24日(JST)。



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